

こんにちは、つきみです♪
今回は私の経験談とメンタルのお話をさせていただきたいと思います。
というのも、最近になってようやくツライ過去を克服して自分に自信が満ち溢れて幸せを感じる毎日を送れるようになってきました。
PMDD/うつ病/毒親/不妊治療というツライ経験をしましたが、今はそんな経験のおかげで幸せに過ごせている自分がいると感じています。
今回はそんなツライ経験や過去から学んだこと、そしてそれを強みに生かす方法をご紹介したいと思います😊
PMDDを克服。~自己否定からの解放~
PMDDはわたしのせいではない、と気づくまで。
わたしはPMSよりも精神的な不調が酷いPMDDでした。
生理前になると人格が変わったように怒りっぽくなり、攻撃的になりました。無気力や鬱症状に悩まされて急に泣き出してしまうことも多々あり、そんな風になってしまうのは自分の性格の一部なんだと思い込んでしまっていたのです。
そんな自分のことが好きになれず、生きていることが嫌になりました。
毎月毎月、どうやったらラクに天国へ行けるかなんて考えていました。
しかし、ピルを飲み始めたことや同じように苦しんでいる人の経験談を読んだことでPMDDはわたしの性格や自分のせいではなく、あくまでホルモンバランスのせいだと気づくことができ自己否定から徐々に解放されていったのです。
PMDDから学んだこと・強みに生かす方法
PMDDという症状を通して学んだことは「決していつも完璧でいる必要はない」ということでした。
常に感情にムラのない自分でいようとしないこと、完璧を求めないことがPMDDの症状を和らげる考え方の1つでした。
PMDDの症状を強みに生かせた、と思ったのは意外にも同じように苦しんでいる人が身近にたくさんいたことです。たまにすごく不機嫌になる上司を見ていると「彼女もきっと同じようにホルモンバランスの乱れで苦しんでいるのかも」と実際はどうか分かりませんが、「誰にでもそういう日がある」と寛容になれたのです。
そしてホルモンバランスがいかに気分を左右するものか身をもって経験したわたしは、ホルモンバランスを整えるための方法をたくさん勉強しました。いつかはそんな知識を用いて、PMDDで悩むたくさんの女性を支えるお仕事ができればいいなと希望を見出せました。
うつ病を克服。~誰にでも起こりうること~
「うつ病」という言葉に囚われていた過去
わたしは自分がPMDDと理解するまで、PMDDだけなのかうつ病も併発しているのかハッキリとよく分かりませんでした。
うつ病という言葉は20代前半だったわたしにはとても重い病名に聞こえました。そのためか、「うつ病」という言葉に囚われてさらに自分はダメな人間だ・・・と思ってしまっていたのです。
克服したきっかけは、これもまた同年代で同じように悩んでいる人がたくさんいると気が付いた時でした。「自分だけがおかしいのではない」と気づいたときには「こんなにもたくさんうつ病を患わっている人がいるんだ」と驚いたくらいでした。
うつ病から学んだこと・強みに生かす方法
うつ病は本当に誰もがなりうる症状です。元気でいつも明るく見える人だって、心にはたくさんの傷を抱えていて無理して笑っている、なんてことも。
メンタルが強そうな人、いつも明るい人にはわたしの気持ちなんてどうせわからないだろう・・・。と相談もせず、ラクに生きれる人はいいなと思ってしまうこともありましたがどんな人にもツライ経験はあります。人を見た目で判断せず、信頼できる人に相談してみると彼らは「自分もこんな経験があってね~、それでこう考えることで乗り越えれたんだよ」と解決のヒントを差し出してくれることがありました。
わたしは自身のうつ病の経験を通して「自分の心の限界を知る」ことができたと思います。「ラクに生きることができる抱えられるストレスの限界」を理解したことにより、これ以上のストレスは抱えないぞ!というように逃げることを覚えました。
全てのことに真面目に向き合うのではなく「うまく逃げる」ということが人生において大切なことだと思います。それができるようになったのも、うつ病という症状に悩まされた経験があったからだと思っています。
毒親を克服。~共依存は親孝行ではない~
「わたしが傍にいないと」は間違いだった
わたしの実の家族は毒家族だと思っています。そんな毒家族を作り上げたのは毒親。特に母の方でした。
幼い頃から自分の家庭は「仲の悪い家族」という認識でした。わたしはいつも母の相談相手になって「いい子」を演じていました。そのため、「つきみちゃんが傍にいてくれてよかった」「わたしあなたがいないと独りぼっちだから」というような言葉をよく言われていました。
「わたしが母の傍にいないと」という義務感が生まれて、母の傍にいることが親孝行だとばかり大人になるまで思っていたのです。
しかし、わたしが結婚して旦那さんの家庭を目の当たりにしたとき、自分の中に合った家庭像や親子関係の固定概念みたいなものが崩れていきました。わたしがしていたことは親孝行ではなく”共依存”だったとうことに気が付いたのです。
毒親から学んだこと・強みに生かす方法
わたしは今までの母の言動や教育方法、また母以外の実の家族からされてきた嫌なことを思い出して酷く憎みました。でも、憎んでしまっても実の家族であることに変わりはありません。
家族は選べません。話して分かり合える相手ならいいのですが実の家族は誰一人そんな相手ではありませんでした。
しかし、毒親に育てられたがゆえにわたしは幼い頃から他人の顔色を窺ったり、他人の喜ぶ言葉を選ぶことができる「気配りのできる人」に育ちました。その点はどこに行っても褒められますし接客業で必要な洞察力やコミュニケーション能力を生かすことができ、大いに役立ちました。
毒親に育てられたからこそ、どういう教育方法が子どもにとって有害なのかを理解できたため自分が母親になったときにそれが強みになると思っています。
不妊治療からの解放。~人生で何よりツライ経験~
「期待すること」が自分をさらに苦しめていた
やはり今までいろんなツライ経験をしてきましたが不妊治療は一番辛かったと思います。
「どうして自分だけ・・・」と嘆いてばかり。努力しても報われないことが一番辛かったですし、どうしようもなく途方に暮れていました。
そんな不妊治療の辛さから解放されたのは意外にも妊娠したときではありませんでした。
それは、流産したとき。まだ5週相当でしたが我が子を亡くしたことに変わりはありません。それ以降、不妊治療に期待をするのをやめました。ただ作業的に病院へ行く。うまくいったらいいな、とは思っていましたが流産を経験したことで、ダメなら違う人生を考えようと本気で思うきっかけになったのです。
不妊治療から学んだこと・強みに生かす方法
不妊治療から学んだことは「人生は思い通りなんてならない」これに尽きます。
今までの人生の中で進学や就職、結婚などを思い描いたように計画通りに生きてきたわたしにとって、不妊治療は人生で初めての大きな挫折でした。
あれこれ手を尽くしても、ステップアップしてもなかなか結果に繋がらないことが本当に苦しくて逃げたくもなりました。”結果がすぐに出ないもの” が苦手だったわたしがこれだけ粘り強く治療に向き合って粘り強く続けられたことを今では誇りに思っています。
今までわたしは欲があまりない人間でしたが、「本当に手に入れたいもの」のためなら時間やお金などを犠牲にできる自分の新しい一面にも気づくことができました。
命の大切さや儚さを知ることができたからこそ、この経験を生かして子どもを大切に育てたいという気持ちでいっぱいです。不妊カウンセラーなど不妊治療で悩む人の心のケアをできるお仕事にもこの経験を活かせたらいいなと思っています。
経験はあなたの財産になる
どんなツライ経験も時間が経てばその辛さも軽くなります。笑い話に変えられる人だっているかもしれません。でもその辛さの渦中にいるときはそんな風にはとても思えませんでした。
ただ、忘れないでほしいのはどんなにツライ経験でもそれはあなたの財産となる、ということです。その経験を生かすも殺すもあなた次第。
いつまでもツライ過去を嘆いて「わたしはかわいそうな人間」という風に思っていては、経験を生かすことはできません。
どんな出来事も起こってしまった事実は変えられません。しかし、それをどのように自分で解釈して今後に生かすかはあなた次第です。無理に前向きに捉える必要はありませんが、せっかく身をもって経験したことなのですからそれを明るい未来になるように生かすことができれば素敵だと思いませんか?
たくさんツライ経験をした分、強くなっているはずです。考え方や物の見方を少し変えてみて、ツライ経験を克服して明るい未来へつなげていきましょう♪
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